1897年撮影の剣術の古映像について

 twitterの方で少し触れた内容ですが、自分の趣味用に作ったあちらのアカウントで書くのも場違いな気がしたので、ブログの方に改めて書いておきたい思います。

1897 Itto Ryu film


 さて、つい先日Youtube上にアップロードされたこちらの映像。1897年(明治30年)に日本(京都?)で撮影された剣術の稽古映像と言われている、非常に古く、かつ貴重な映像です。

 どのくらい貴重かというと、かのエジソンがキネトグラフ(撮影機)とキネトスコープを発明したのが1891年ごろ、さらにリュミエール兄弟がシネマトグラフを発明し、現在の映画と同じスクリーン投影方式と撮影技術を確立させたのが1895年ごろですから、1897年に撮影されたこの映像は、世界の映像史のまさに最初期の作品と言えるものです。

 私も映像史を詳しく研究しているわけではないのですが、おそらく現存している日本武道の古映像としては、史上最古のひとつではないかと考えられます。

***

 もともと2014年ごろにも同じ映像が上がっていたのですが、画質が非常に見にくいものだったため、細部がよくわからないという難がありました。
 今回、非常に見やすい画質の映像としてアップロードされたため、初めて細かいところまで観察することが出来るようになったことはありがたいと思っています。

Japanese men at Kendo, 1900's Film 91146 (過去に上がっていたもの)


 この映像の撮影者は「コンスタン・ジレル」という人物とされています。ジレルの業績については、下記のサイトに詳しくまとまっていますので、ぜひご参照ください。日本における映像史のはじまりが、実にわかりやすく説明されています。

エキゾチック・ジャパン!~映画日本上陸~ 第1章-映画の誕生(6)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/MOVIE/BIRTHOFMOVIE/6JAPAN.htm

 



 さて、ここからが本題なのですが、まず上記の古映像で撮影されているのは、ある剣術流派の稽古風景であるということです。

 日本の武道文化に詳しい人が見れば、画面左奥の人物が大きな籠手を腕にはめている特徴をもって、伊藤一刀斎景久→小野次郎右衛門忠明の系譜につながる、「一刀流」剣術系の映像であることを推定できると思います。
 
 古映像を見る限り、組太刀(いわゆる剣術の形)の所作や手順も、現代に伝わっている「小野派一刀流」剣術とほとんど同じです。
 実際、私も今回のリマスター版の映像を見るまでは、小野派一刀流の古映像だと思いこんでました。Youtubeの投稿者コメントにも「This is a demonstration of Itto Ryu (probably Ono ha) 」とありますね。


小野派一刀流(現在)



 ただ、Twitterで他の方からもすでに指摘が上がっている通り、この古映像は「小野派一刀流」ではなく、そこから分化した「北辰一刀流」のものではないかという説が出てきました。現在は私もそれに同意です。

北辰一刀流(現在)


 北辰一刀流といえば、世間的にはこの流派を学んだ坂本竜馬、山南敬助、吉村貫一郎といった、幕末期の人々を思い出す方が多いのではないかと思います。北辰一刀流は竹刀稽古を発達させた流派として知られていますが、実は伝わっている組太刀(形)は、元となった小野派一刀流の手順や構成とほとんど同じです。

 しかしながら、一応、小野派一刀流と北辰一刀流を見分けるポイントがあります。

 それは「組太刀の1本目と4本目の所作の最後に、仕太刀(一刀流でいうと籠手を着けない方)が、「下段の構え」に取るか、それとも「上段の構え」に取るか」という点です。

 まず基礎知識として、小野派一刀流、北辰一刀流という流派は、ともに「大太刀五十本」という組太刀の形が中核となっていることを知っていただきたいと思います。この50本の形は、さらに5本一組で10組に分かれています。このうち、一番最初の5本セットの組を「ヒトツカチ(一つ勝ち)」と言い、「①1本目(ヒトツカチ・切落)、②2本目(迎突)、③3本目(鍔割)、④4本目・下段霞、⑤5本目・脇構の付」の5つで構成されています。
 今回紹介した映像は、すべてこの最初のヒトツカチの組の1本目から順に演武しているものとなっています。


 では、上記3つの映像の中から、最初の1本目と、4本目の動きに着目しながら映像を見てみます。

 小野派一刀流(現在)の映像では、最後に籠手を打った後、仕太刀(籠手を着けていない方)が切っ先を下ろし、「下段の構え」にとって残心を取ります
 これに対して、北辰一刀流(現在)の映像では、最後に籠手を打った後、仕太刀は切っ先を頭上に上げ「上段の構え」に取っていることがわかりますでしょうか。


 たいした違いじゃないのでは、というご意見はもっともなのですが、史料で確認される限りにおいて、この1本目と4本目の最後を上段の構えに取るのは、北辰一刀流になってからの工夫とされています。


史料の記載は次の通りです。

【小野派一刀流の覚書より抜粋】
一 一ツ勝
打太刀陰ヨリ打 遣方清眼ニテ切落シ 左ノ手ヲ切勝 下段ニ取位

一 下段ノカスミ
打太刀下段ノカスミニカマエ居ル 遣方下段ヨリ付 打太刀廻シテ手ノ内ヲ切 下ケテ右ノ手ヲ切 下段ニ取位


これに対して、北辰一刀流は次のような記載です。

【北辰一刀流組遣様口伝書の記載】
・(1本目)一ツ勝
(利)晴眼にて出(頭を打って)切落し、咽を突き、左甲手を打ち、上段 小野派一刀流にては下段也 今先生改めて上段となす

・(4本目)霞(下段の霞とも云ふ)
(利)下段にて出場合になりたる時、敵の太刀先、上より太刀の刃方にて付け仕掛る(内小手を払切にするを)打落し、直に内小手を切上段 小野派にては、あと下段なり 今改む

 その他、千葉栄一郎編の「千葉周作遺稿(1942)」でも同様の記述を確認できました。
 ただし内藤伊三郎編の「北辰一刀流剣法(1906)」では、1本目を上段、4本目・下段霞を「(最後は)下段」と書いてあるのですが、この辺りは誤記なのか、それとも内藤先生の学んだ伝系では下段にしていたのかは不明です。

 いずれにせよ、組太刀の1本目と4本目の終わりに「下段に取るのが小野派」、「上段に取るのが北辰」と見ていただいてよいでしょう。

***

 以上の知識を頭に入れたうえで、もう一度最初の古映像、つまり1897年の一刀流の映像を見てみます。
 すると、1本目と4本目の形の最後に、仕太刀が籠手を打った後、「どちらも上段の構えを取っている」ことが見て取れます。
 これまで述べてきたように、この特徴は小野派一刀流ではなく、北辰一刀流の特徴と言えるものです。

 よって、この古映像は「1897年の北辰一刀流の稽古の映像」の可能性が高い、と言えるのではないかと思います。

***

 残念ながらこの映像は7本目・陰刀の途中で途切れているため、全容は明らかではないのですが、映像史にとっても、武道史にとっても、また日本史にとっても、非常に貴重な史料であることは間違いないかと考えます。

 こういった古映像からも、武道史に関心を持っていただける人が出てきてくれると、非常に嬉しいですね。
 
スポンサーサイト
.05 2016 武道 comment2 trackback0

古武道演武会の話

 日曜に関東某所で行われた古武道演武会に、演武者として参加してきました。
 もともと私は1種目のみで出る予定だったのですが、もう一つ稽古している別流派のほうでも、本来の演武者の代打として出ることになったので、2種目での参加となりました。
 さして長い時間演武したわけではないのですが、なんというか今回の演武は普段の稽古より疲れましたね・・・・・・


 さて、その演武会なのですが、数年ぶりに黒田鉄山先生の振武館が演武されるということで、少し前から古武道界隈では話題になっていました。黒田先生といえば、20年以上前から古武道の情報に詳しい人々の間では有名な方でしたが、近年、ネット上で「神速の居合の人」として動画が評判になっていたりしているので、どこかで名前を聞いたことがある方も多くいらっしゃるのではないでしょうか

 今回の演武では、黒田先生とそのご子息、門弟の方達が演武をされていました。演武された流儀は、振武館伝の駒川改心流剣術、四心多久間柔術、民弥流居合術の3種目です。

民弥流居合術(於・パリ 2007年)



 10年ほど前、まだ私がただの大学生で武術も何も始めていなかった頃、図書館に置いてあった「武術談義(黒田鉄山・甲野善紀 共著)」という本を読んだことが、古流剣術を始めるきっかけの一つだったこともあり、奇しくも今回、長年尊敬していた方と演武会をご一緒するという僥倖に恵まれることになりました。

 今の感覚を例えるなら、憧れのベテランロックバンドとフェスで共演することになった新人バンドの気持ち、とでも言えばよいでしょうか。

 といっても、現場ではすれ違った際にごく簡単な会釈を交わした程度で、特に込み入った話をしたわけではないのですが、何年も前から本や映像だけで知っていた人と、演武前の舞台袖等で同じ空間を共有していたということが、何とも不思議な感覚を起こさせます。

 そんなこともあって、今年の演武は私にとって非常に感慨深いものになりました。
 この気持ちのままに、また今日から自分の流儀の稽古に励みたいと思った次第です。

 
.27 2014 武道 comment0 trackback0

古老に捧ぐ

 今から3年ほど前に当ブログにて、私の先代の師匠の演武映像を見て吃驚したという記事(「古き先達の絶技(2011年5月29日)」)を書きました。
 実はこの先代の師匠という方は存命だったのですが、先月末に亡くなられたとの連絡を、お手紙でいただきました。102歳だったとのことです。


 私が古流剣術をやっていることは、既にこのブログで何度も書いていますが、もともと私の所属している会は設立の経緯により、3つの武術流派を並行して伝承してきた会です。そのような環境もあって、私は剣術と並行して古流の薙刀と、もう1流派の稽古も続けています。この亡くなられた先代の師匠という方は、薙刀術の伝承の中心人物であった先生であり、また私の剣術の師匠の学生時代の先輩でもあった方でした。

 入門したころにはすでに90代だったため、私が参加するようになってから道場にいらっしゃられたことはなく、またご面会に伺うのも難しいとのことだったため、ついぞお会いする機会がないままとなってしまい、今非常に後悔しています。

 訃報の届いたちょうどのその日、たまたまIphoneに入れているその方の映像を見ていたのですが、やはり何度見ても80代のころの動きとは思えないくらい俊敏にして柔らかい、見事な薙刀の遣い方をされています(前の記事を書いたときは70代の時の映像と思っていたのですが、後に84歳のころの映像だったことがわかりました)。
 やっぱり、一度はお会いしてお話を聞いたり、稽古の手直しを受けてみたかった、という思いはあります。


 ここ数年、他流派においても著名な遣い手が亡くなられたとの報を聞くことが増えています。タイ捨流の山北先生や、天神真楊流の久保田先生も亡くなられてしまいましたし、戸田派武甲流の中村先生も急逝されてしまったとの報もあって、大変悲しく思います。

 しばらく前に私の兄弟子が「今の自分の先生から教えを受けられることを、当たり前のことと思わないように」と言っていたことがあります。確かにこう先達の修行者の訃報を相次いで聞いていると、今、この瞬間に先生方から指導を受けられる環境がいかに掛け替えのないものであるか、改めて感じます。

 私の剣の師匠も今年87歳になりますし、今まで以上にもっと師との時間を大切にしたいと、そう思っています。

 

.30 2014 武道 comment0 trackback0

2013年明治神宮古武道演武会

 記事を上げるのが1週間遅くなってしまいましたが、先週、明治神宮で行われた古武道演武会に行ってきました。

流鏑馬

神道流 杉野先生

貫流槍術

 毎年11月3日に行われている明治神宮の古武道演武会。毎回なんだかんだで用が入ってしまい見学の機会がありませんでしたが、今年は幸いにも行くことが出来ました。同じ会場で行われていた流鏑馬も迫力があって、大変素晴らしいものでした。

 演武の会場はさすがに人が多く、目当ての流派を前のほうで見るのは大変ではありましたが、実は演武そのものよりも、会場の周りで青空稽古をされている演武者たちの動きを見ているほうが勉強になる気がします。



 この明治神宮の演武会は西参道沿いの芝生の上で行われるのですが、大変ユニークなのが演武者と一般の見学者、そして演武場との垣根がほとんどない会場であることでしょうか。

 だいたい今まで見てきた(あるいは自分が参加した)武術の演武会というものは、能舞台やステージ上のような場所で演武するため、一般見学者との間の交流などは無きに等しいものでした。ところが、この会場だと演武場は芝生内をロープで簡単に区切ってあるだけ、しかも演武者グループが見学者のすぐ隣でレジャーシートを広げてお弁当を食べていたりするので、ものすごく演武者を身近に感じます。

 なにしろ自分のすぐ隣を香取神道流の京増重利氏や、杉野至寛氏、馬庭念流の樋口定仁氏、柳生心眼流の島津兼治氏、春風館の赤羽根龍夫氏と赤羽根大介氏、渋川一流の森本邦生氏といった方たちが当たり前のように通りすぎていくような魔境なわけで、なんというか他の演武会にはない独特な雰囲気があります。スーツ姿の紳士に道を譲ったら、その人が柳生耕一氏だった、なんてこともありました。

 
 今回の演武会で非常に不便だったのは、プログラムの配布が一切なかったことでしょうか。せめて会場にプログラム一覧表の掲示くらいは出していただきたかったところです。私の場合、幸いなことに知人が演武者にいたのでその方からプログラムをいただけましたが、周りの見学の方たちからどこでプログラムを手に入れたのかを何度も聞かれました。
 そもそも開会の具体的な情報がほとんど告知されておらず、明治神宮の敷地内にも案内板一つない状態のため、導線は無きに等しいようなものです。

 後日、明治神宮での演武歴のある道場の先輩方に伺ったところでは、プログラムを演武者だけに1枚ずつ程度しか配らないのは昔からとのことで、やはりその時から不便極まりなかったようです。

 せっかく海外からも人が集まる演武会なので、プログラム配布の件は運営の方々にももう少し斟酌していただけたらと思います。
 
 不満な点もありましたが、総じて他の古武道流派の方たちを身近に感じられる貴重な演武会であり、大変勉強になる場でした。私が演武者サイドで参加する機会があるかはわかりませんが、ぜひまた来年も見学に訪れてみたいと思います。

 
.10 2013 武道 comment0 trackback0

大甲手

 人生で一番感動した買い物になったかもしれません。

大甲手


 今夏のボーナスを全て使い、念願であった一刀流の稽古道具「大甲手(鬼小手)」を購入して参りました。二ヶ月前に発注し、つい先日、懇意にしている職人さんから完成の連絡をいただいたばかりです。今回、特に上質の分厚い鹿革を厳選していただけたとのことで、非常に高価となりましたが、素晴らしい仕上がりとなっています。


 今回、大甲手を制作いただいたのは、世田谷区用賀にある小林武道具店というお店です。今や日本でも消失寸前となった大甲手を制作可能な武道具店で、一刀流系統を稽古されている方や武道具業界にお詳しい人であれば、ご存知の方も多いと思われます。

 小林武道店は兜師の家柄を出自とする武道具店で、当代まで4代続く老舗です。先代店主は笹森順造先生の直々の依頼で大甲手の制作を始められ、当代店主まで二代に渡り工夫と改良を続けられてきました。こちらで作っていただいた小手は軽く丈夫で、一刀流の苛烈な木刀の衝撃をしっかり受け止めてくれます。実際、先年亡くなられた私の大先輩は、その祖父の代に先代店主から購入したという大甲手を、ごく最近まで使っていました。数十年間の稽古を経て、なお現役という耐久性をこの目で見ていたので、自分が大甲手を購入するならぜひ小林武道具店で作っていただこう、と考えていた次第です。

* * *


 一刀流の大甲手の歴史は古く、資料によれば小野家二代目の忠常の時代に『打太刀手袋始ル』とあり、江戸時代初期には使用されていたと考えられます。初代・小野忠明の代に分かれた忠也流系統の一刀流では小手は使われておらず、二代・忠常の代に派生した梶派一刀流では小手が使われているようなので、恐らくこの記述は正しいと思われます。

 大甲手は鹿革製で、小手一組で鹿一頭分に相当する素材を使うとのことです。正倉院には千年前の鹿革製品が現存しているくらいなので、その耐久性は武道具として理想的とされています。江戸時代は小手の中身に竹と和紙を詰めていたようですが、現代では鹿皮の下に衝撃吸収の素材を幾重にも組み合わせて制作しているとのことでした。小野家十代目の小野業雄からの聞き書きの中には、「将軍ノ大手袋ハ茶クスベ革 紫革ノヘリヲトリシモノト云」との記録もあるそうで、詳細は不明ですがかつては特殊な作りのものもあったと推測されます。

 私が注文したのは5本指が独立可動するタイプで、一応こちらが一刀流の本式の小手とされています。演武会などでよく見かけるミトン型のものは本来は略小手とされるものですが、5本指型はメンテナンス性がかなり悪く、制作費もミトン型より数万円ほど高くなるので、あまり購入される方はいらっしゃらないようです。実際問題、ミトン型の小手で十分用が足りるので、5本指型をあえて購入しなければいけない理由はないのですが……

* * *


 一刀流では形の終わりに毎回大甲手を打つため、他所から小手打ちに特化した流派と見られることがありますが、決して小手打ちに固執しているというわけではありません。小手を打つのは「勝った印に打つ」「仕太刀の打ち込みの鍛錬のために打つ」といったいくつかの意味合いがあり、実際打太刀は大甲手を打たせた時の音の深さや衝撃などで仕太刀の打ち筋を容易に判定することができます。例えば木刀で「叩く」打ち込みになっている場合、大甲手で受けた衝撃は打撃点を中心に放射状にぶわっと広がりますが、「斬る」太刀筋になっていると鞭で打たれたようにピシッと一直線上に衝撃が走ります。そのため、実際に物を斬らなくとも、ある程度その人がどの位「斬れる」太刀を振れているのか判るわけですね。上手い人の打ち込みは、木刀が小手に吸い込まれていく、あるいは吸い付いていくように見えるもので、当たったときに木刀の先が跳ねたり、ズレたりすることがありません。打ち込んだときの音が大きければ良いと言うものでもないですし、打太刀の受け方にもちょっとした口伝があるので、単純な稽古ですがいろいろな勉強が出来ます。

* * *



 さて、そんなわけで清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入した大甲手ですが、製作できる職人さんがほとんどいらっしゃられなくなっている現在、決して高い買い物をしたという印象はありません。良い稽古道具は何より自分自身の上達を導いてくれるものですし、出来れば今後何十年もこの小手を相棒にして稽古に励みたいと考えています。




.24 2013 武道 comment0 trackback0

大変珍しい演武記録を見つけました

 大変珍しい映像を目にすることが出来たので記録。

①小野十生氏と、そのご子息・小野寅生氏による小野派一刀流の形


②小野寅生氏と井藤尚武氏による小野派一刀流の形その一(大太刀50本、切落組、合刃、張、小太刀、相小太刀、刃引組の途中まで)


③小野寅生氏と井藤尚武氏による小野派一刀流の形その二(刃引組の途中から、仏捨刀、五典)


 小野派一刀流先代宗家であった笹森順造先生の高弟として知られる小野十生先生と、その御子息の小野寅生先生の小野派一刀流の演武です。特に小野十生先生の映像をこういう形で拝見できるとは夢にも思っていなかったので、正直驚きました。

 笹森順造先生の教えを受けられた方といえば、現宗家の笹森建美先生をはじめ、小川忠太郎先生や松元貞清先生、鶴海岩夫先生、清野武治先生、そして石田和外先生といった歴々の名人がいらっしゃり、私にとっても間接的ではありますが、何かとご縁のある方達が多いです。
 こういった形で過去の演武を拝見することが出来たこと、大変嬉しく思います。
 
.21 2013 武道 comment0 trackback0

奉納演武の報告

 今日は都内某所での奉納演武に出席してきました。天候も心地よく、清々しい稽古を奉納できたと思います。

 演武後は最近道場に通われるようになった俳優の方と長話をしたのですが、その方がものすごく深い教養をお持ちの方で、正直私は圧倒されっぱなしでした……
 芝居の世界は我々素人の考えるよりも相当厳しいらしく、その業界で長くもまれていく中で様々な体験と知識を身につけていったそうです。なんというか、普段の稽古以上に人生の勉強が出来た一日になった気がします。




 弘前伝の古武道動画が、なぜか昨日大量に投稿されてたと聞いて。

當田流剣術


當田流棒術


弘前伝小野派一刀流


本覚克己流柔術


林崎新夢想流


 どの映像も演武者の至近距離から撮影されたもので、過去にYoutubeにあがっていた第35回日本古武道演武大会(弘前)の映像よりも見やすいものになっています。たぶん2009年に青森県立郷土館で行われた「サムライ・チャンバラ博覧会」の時の映像じゃないかと思うのですが、いきなり大量の動画が流れてきて吃驚しました。

 弘前には梶派一刀流の研究をしに一度行ってみたいと思っているのですが、今となっては仕事が手一杯で、全く時間が取れなくなってしまいました。そもそも梶派一刀流の資料がどこにどのくらい残っているかも私は把握していないので、現状問い合わせようがないのですが……


ATV青森テレビ サムライ・チャンバラ博覧会 卜傳流剣術 bokuden ryu kenjutsu


.28 2013 武道 comment0 trackback0

タイ捨流剣術 山北先生の訃報

 熊本県に伝わる古流剣術・タイ捨流の前宗家であられた山北竹任先生が、2月末に亡くなられたとの報を知りました。お悔やみを申し上げます。


朝日新聞デジタル『おくやみ(熊本:遺族の掲載希望分のみ、25日届けまで)』
(※球磨郡・錦町北に山北先生の御名前あり)


山北先生の映像


 一度お会いしてみたい武術家のお一人だったのですが、その機会は訪れぬままとなってしまい、無念です。以前、道場の子供達に剣術を指導されている映像を見たことがありますが、とても穏やかに語りかけながら教えられている姿にお人柄を感じました。

 山北先生は昭和5年生まれと伺っています。私の師は昭和2年生まれでまだ存命ですが、古流剣術の世界において戦前のシビアな稽古を積まれた方達がもうほとんどいらっしゃられないのが大変残念です。私達のような世代にとって、山北先生達の世代の剣術家から学ぶべきものはたくさんあるはずなのですが……

.05 2013 武道 comment0 trackback0

型に学ぶということ

 ここ最近武道系の記事を書いていなかったのは、もちろん仕事の忙しさにかまけてブログ執筆を放置していたというのもありますが、それ以上に数ヶ月前の稽古で自分の未熟さを痛感し、武道系の語りを公開するのが恥ずかしくなってしまったというのが一番の理由でした。
 今は限られた時間の中で如何に上達していくか、試行錯誤の日々が続いています。
 







 現代に生きる駒川改心流剣術の名人・黒田鉄山先生の動画。かつて実際の黒田先生の演武を間近で拝見し、かなりの衝撃を受けた記憶が蘇ります。
 この動画は自分の稽古がつまった時にいつも見るようにしているものです。ネット上にはたくさんの武術系動画がありますが、本当に参考になる映像は案外少ないのが現実です。そんな中でこの動画は、自分の稽古の進捗によって何度でも新しい気付きを得ることが出来る貴重な指針となっています。

 何故古流剣術では「型」を学ぶのか? そもそも型を学んで実際の役に立つのか? という根本的な疑問に対して、極めて端的な解答(しかも説得力のある実技込み)を示してくれる動画です。
 また型稽古の有用性を知る人間にとっては、「如何にして型に中身を入れていくか?」の重要なヒントがたくさん詰まった動画であり、稽古の質を高めるのに役立つのではないかと思います。結局、自分の動きの質を高めるだけでは武術としては不完全であり、如何にして相手の動きと心理が変化する節目を読んでいくかについて、型を通じて稽古せねばならないわけですね……

 私の修行している流派は駒川改心流と理合が違うので、全ての要素をそのまま取り入れることは出来ませんが、それでも流儀を越えて日本剣術に共通する「型文化」の本質を学ぶ上でこれ以上ない資料となっています。

 
.26 2012 武道 comment0 trackback0

小に利あり

 最近になって私もようやく自流派の小太刀型の伝授まで進むことが出来たのですが、いや実に面白い武器です。今は稽古にひたすら没頭しています。


小野派一刀流、小太刀。


直心影流 小太刀


明治神宮奉納演武 ~香取神道流・小太刀~


 私の先生はかつて「小太刀は剣術のエッセンス」とおっしゃっていましたが、確かに長剣に比べて間合いの詰め方、中墨の取り方、体捌き、相手の意識の読み方……といった要素がシビアであり、今まで長い刀で培ってきたものがブラッシュアップされていくような感覚があります。
 また小太刀は体術的な側面も強く、より最小の力で相手が崩れていくのを実感できるのが面白いですね。柔術の上手い人は、いつもこういった感覚で相手を崩しているのでしょうか。

 太刀の型稽古よりもさらに相手と向かい合う恐怖感が強いですが、その分得られる物は多いと思います。
.20 2012 武道 comment0 trackback0

訃報

 今日の新聞で宝蔵院流高田派槍術の鍵田忠兵衛氏の訃報を知りました。古武道のほうで多少の御縁があり、以前にも演武会の席でお会いしたことがございます。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


訃報:宝蔵院流高田派槍術 第20世宗家 鍵田忠兵衛が永眠いたしました。(リンク先:奈良宝蔵院流槍術・公式サイトhttp://www4.kcn.ne.jp/~hozoin/oshirase111107.htm)


鍵田・元奈良市長死去:奈良を愛した政治家 急逝に驚きと悲しみ /奈良(リンク先:毎日jp http://mainichi.jp/area/nara/news/20111217ddlk29010561000c.html)

 
 
.17 2011 武道 comment0 trackback0

古典刀術考

 知人達がTGSで盛り上がっている間、私は国会図書館にて武道の文献調査に明け暮れていました。学生の頃はよく通っていた国会図書館ですが、社会人になってからは久しぶりです。相変わらず永田町は警備ががっちりですね。


 さて、今回は以前から閲覧したかった文献と再読したかった古流剣術関係の資料を一日がかりで渉猟してきました。笹森順造先徳が新夢想林崎流居合術と剣の運用の口伝について著述した「実戦刀法(富山房・昭和20年)」の閲覧、柳生厳長宗家の「正伝新陰流(島津書房・昭和64年)」、空道館の清水敏之先生の生涯を記した「一隅を照らす 万象清水敏之の生涯(非売品・昭和59年)」、武道・スポーツ科学研究所年報での吉田鞆男先生の論文、小野家史料、甲源一刀流の記事、黒田鉄山先生の「劒術精義」、剣道日本のバックナンバー等などを読みました。清水敏之先生は空手道の他に高岡彌平師範系の駒川改心流・四心多久間流柔術などを後世に伝えた方としても知られていますね。


 一刀流関係では吉田先生の論文で初めて知った「刀棒術」の存在に興味があったのですが、正直詳しいことはよくわかりませんでした。とりあえず小野家一刀流兵法全書の6巻に納められた古伝書によれば「当主 忠喜  小手袋始ル 小シナイ 刀棒術始ル 組数増減」とあり、小野家6代目の次郎右衛門忠喜の代に始まったものらしいこと、目録上の形数は7本(形名あり)あったこと、最後の当主・小野家9代目の次郎右衛門忠政(業雄)から山岡高歩宛てに発行された文書の中には記載が見られること、等は判明しました。が、具体的な所作は一切不明です。どの代まで伝わっていたのかもはっきりしませんでした。少なくとも現代には伝わっていない型だと思われます。
 「小手袋」というのは、いま小野派一刀流でいつも使っている鬼籠手とは違うもののようです。2代目忠常の項に「打太刀手袋始ル」となっている方が鬼籠手を指していると思われます。「小シナイ」は「小撓(しょうとうOrこじなえ)」のことである可能性が高そうですが、「組数増減」の詳細は不明です。こればかりは忠喜の時代前後の目録を比較しないとわからなそうですね。

 そもそも「刀棒ノ術」とはなんぞやという肝心の問題がわからないままです。新陰流で刀棒といえば片手で柄を、もう片方の手で刀の峰を取ることを指しますが、それと同じ所作と捉えていいものかどうか?


 新陰流系の資料は一度読んだものだったので、記憶の補強を兼ねて読み返していました。新陰流は今も昔も資料が豊富で助かります。
 以前から疑問に思っていたことに、駒川改心流は実手や鎖鎌、三ツ道具など、他の新陰流では見られない大量の武器術が含まれているのは何故かということがあったのですが、どうもこれらの武器術を修めたのは流祖の駒川太郎左衛門国吉ではなく、2代目の桜田次郎左衛門貞国の修行歴によるところが大きいようですね。駒川改心流を称したのも2代目以降と言われていますし、桜田次郎左衛門が実質的な流儀の大成者と見ても良いのかもしれません。


 とまあそんなこんなで昼飯を食べることも忘れて日がな一日文献をあさってたら夜になってしまいました。予定では夕方までに切り上げて青山の根津美術館に行くつもりでしたが、とっくに閉館時刻を過ぎていたようです。コピー代だけでも本数冊買えるぐらい使いこんでしまったので、これはしばらく倹約しないと……。


.17 2011 武道 comment0 trackback0

勝浦での武道学会

 8月31日、9月1日の二日間にかけて、千葉県勝浦市の国際武道大学にて日本武道学会第44回大会が開催されています。

>日本武道学会第44回大会のご案内

 勝浦市といえば国際武道大学の他、日本武道館の研修センターがあるので、合宿等で訪れる武道関係者も多いかと思います。さすがに距離と日程的に参加は出来ませんが、古流剣術関連の発表で見に行きたい研究がいくつかありました。やはり勝浦までとなると、すぐ行けるわけではないので……。

 
.01 2011 武道 comment0 trackback0

BS時代劇「塚原卜伝」のこと

 古流剣術関係者の間でちょっと前から話題になっているBS時代劇の新シリーズ。かつては講談で取り上げられることが多かったにもかかわらず、近年は映像化の機会に恵まれなった希代の剣聖・塚原卜伝を描いた作品となるようです。

BS時代劇『塚原卜伝』制作開始のお知らせ(NHKオンライン)

塚原卜伝とは? (ウィキペディア)

 なんでも、ちょうど今鹿島神宮の方での撮影が進んでいるとか。鹿島新当流剣術の御一門も全面的に協力しておられるそうで、どこまで鹿島の太刀が殺陣で再現されるのか楽しみです。また主演の堺雅人さんは、私もかなり好印象を抱いている俳優さんの一人です。良い作品になると嬉しいですね。


鹿島新当流

 半身で腰を落とすという、かなり古い太刀筋が見られる塚原卜伝由来の流派。いくつかの剣術流派の原型と思われる技法も散見されます。相手の刀を自分の刀の鍔元で抑える技術は、私の学んでいる流派でも使うことがありますね。


卜伝流剣術

 弘前藩伝系の卜伝流剣術。私の好きな流派です。塚原卜伝を流祖とし、その弟子である師岡一羽の系統であると伝えられていますが、外形的な印象は鹿島新当流と結構違いますね。「シントウリュウ」「ボクデンリュウ」と一口に言っても、全国に様々なものが存在していたため、必ずしも全てが一致するものではないと思います。弟子も物凄く多かったみたいですし。


.28 2011 武道 comment0 trackback0

先々代の技を知るということ

 現在の天真正伝香取神道流師範・大竹利典先生の師である、故・林弥左右衛門師範の演武映像。先代の香取神道流師範達による、貴重な演武映像です。




 コマ落ちがあるためか早送りのような動きに映っていますが、型の枠組みは今とほとんど変わらないですね。いつ頃の映像なのか詳しいことはわかりませんが、かなり古いものであるとは思います。

 現在の香取神道流は、成田に道場を構える林弥左右衛門師範―大竹利典師範系と、川崎に道場を構える椎名市蔵師範-杉野嘉男師範―杉野至寛師範系の2系統があります。あとは諸事情で分派的に稽古している所がいくつか。

 映像を見る限り、多少動きに違いはあれど、やはり林師範と大竹師範の太刀筋は似ているように思います。昔、杉野師範のお弟子さんだった方から聞いた話では、林師範と椎名師範の代ですでに遣い方に個性が出てきていたそうですが、まあどこの流派も2代くらい遡れば遣い方は変わってしまうものですし、姿形の見えない流派の「理合い」が正しく伝わっていれば、外形の違いというのは剣術の本質的な変容ではないと私は思います。


 ちなみに演武はカットされていますが、映像の最後に直心影流薙刀術の伝説的な名人・園部秀雄師範がちょこっと映っています。


 しばらく前に私も記事に書いたことですが、機会があれば現在の師匠の師匠、すなわち先代先々代の動きも見られた方が良いと思います。武術を稽古する上では現在の師の技が絶対であり、今の代に伝わっている技を信じて稽古するべきだと考えますが、それでも先代の技を見ることで、より流儀の本質がどこにあるのかを見極めやすくなると思います。



成田系・大竹利典師範の演武映像



川崎系・杉野嘉男師範の稽古風景


.22 2011 武道 comment4 trackback0

備前刀は良いと思う

 しかし、この発想はなかった。

備前長船刀剣博物館と『戦国BASARA』がコラボ(ファミ通.COM)

 こう、リアル765プロ企画で古武道振興に協力することが出来ないものかと少し考えたけれど、たぶん無理そうな気がしてきた。やっぱり古流は静かに粛々とやるべきかなと思う。実現したとしても、個人的に嬉しいだけだろうからなあ……。



.11 2011 武道 comment2 trackback0

古き先達の絶技

 今日の武道の稽古にて、ようやく先代の師が演武した薙刀術の映像を拝見させていただくことが出来ました。先代の映像といっても、私が入門する10年くらい前の物なのでそこまで古いわけではありません。

 なので、そんなに今の代の稽古と変わらないだろうと思って見てみたのですが・・・・・・何これ速ええええええええええ!

 申し訳ありません、衝撃のあまり取り乱しました。いや、現在の道場の稽古方針である「大きく、ゆっくりと、正確に、丁寧に」と比べていることを考慮したとしても、先代の師の演武はものすごいスピードだと感じます。もちろん映像のコマ落ちとか無しです。しかも今の代の誰よりも「大きく、正確で、丁寧な」演武をなされているという。
 演武している先代の師はおそらくこの頃70代で、さらに片足にテーピング?を巻いているのが確認できる状態(まさか包帯じゃないですよね・・・・・・稽古中にアキレス腱が切れたことがあるという話は聞いてますが・・・)、それに加えて今道場で使っている物より太い稽古薙刀を使用していますが、それでこのスピードとか一体何が何やら・・・・・・。

 今まで武術関連の映像で驚いたことはたくさんありますが、ある意味これほど衝撃的だったことはありません。なにしろ、これまで自分がやってきた技術を、はるか雲上のレベルでやっているのを目の当たりにしてしまっては・・・・・・。ああ今日はもう眠れないかもしれない。


.29 2011 武道 comment0 trackback0

寺見流剣術を初めて拝見

 海外の動画サイトにて寺見流剣術の動画を初めて見つけました。

Xuite 影音 寺見流 http://vlog.xuite.net/play/VG9qWkJGLTQ0OTA5Mi5mbHY=(注意・海外の動画サイトにリンクします。)


 寺見流の名は以前から聞き及んでいましたが、これは素晴らしい剣術ですね。私はこういった徹底的に無駄をそぎ落とした剣術が何より好きなので、惚れ込んでしまいました。

 寺見流(ジゲンリュウ)は現在も熊本県熊本市に伝わる古流剣術のひとつです。
(追記:ご指摘をいただいたので、×ジンリュウ→ ○ジンリュウに読み方を修正いたしました。情報を頂き誠にありがとうございます。)

 わりと近い地域にかの有名な示現流(ジゲンリュウ)が存在しますが、両流派は名前の読み方が同じこと、技法的に共通性があるのではないか? ということが指摘されています。さらに流祖開闢のエピソードを見てみると、寺見流の場合は「甲野善衆和尚が編み出した技を都甲肥前に伝えたもの」とされているのに対し、示現流では「善吉和尚より天真正自顕流を学んだ東郷肥前守が開祖の剣術」とされており、両流派の開祖は異名同人の可能性があると推測されます。ですから寺見流と示現流は近しい間柄の可能性が高いのではないでしょうか。伝系図を見ての勝手な推測ですと、3代目とされている村上主税は都甲肥前(=示現流の東郷肥前守重位?)の高弟であり、後に都甲家(=東郷家?)から独立して同音異名の一派を立てたのではないか? と考えるとしっくり来るのですが、実際はどうなのでしょうか。示現流自体、周辺地域にいろいろな分流を生みだした流派ですし、可能性は高い様な気がします。熊本の武術史を研究されている方がいらっしゃったら、ぜひお伺いしてみたいです。


 さて、今回初めて寺見流の演武を目にしたわけですが、その動き方は示現流というよりも、むしろ熊本に新陰流系統として伝わるタイ捨流に近いなという印象でした。
 形の名称は全く分からないのですが、1本目の打太刀が八相で攻めるのに対して仕太刀が脇構えで迎撃し、さらに打太刀が切り込んでくるのを仕太刀が外して袈裟に切る、という一連の流れは、新陰流の代表的な形である「一刀両段」とよく似ているように感じます。また打太刀が剣を左右にピッピッと切り返すような動きはタイ捨流でもよく見られる動きです。あとは受け流しの動作も、新陰流的……と言えなくもありません(これはややムリヤリですが)。
 一方でお互いが八相の構えのまま向き合う様子については、確かに示現流のイメージに近いと思います。
 
 もともと示現流の開祖である東郷肥前守はタイ捨流剣術を最初に修めており、示現流の形はタイ捨流を仮想敵にしているといわれるほど、両流派は関係の深い流儀です。やはりタイ捨流ー示現流ー寺見流の間に何らかの縁がある可能性は高いと考えられます。そういえば、新陰流の燕飛六箇之太刀とタイ捨流・示現流の形には共通性が見られるという話しを、記事を書きながら思い出しました。

 この演武の形が寺見流剣術においてどのような位置を占める形なのかわからないため、手持ちの情報だけでタイ捨流や示源流との共通性を決めつけるのは早計ですが、流儀間の技術交流の可能性を考察してみるといろいろな発見も得られて勉強になります。


 ご参考までに。格納先に示現流・タイ捨流・新陰流・寺見流の順で動画を並べてみました。もし関心のある方がいらっしゃられたら、ぜひ見比べてみてください。外形こそ大きく異なりますが、個々のパーツに分解して細かく動きを見てみると、意外に共通点が多いと私は感じます。


.26 2011 武道 comment4 trackback0

古武道 (テレビ東京・月曜特集より)

 長い間探していた映像がついに見つかりました。20年ほど前にテレビ東京にて「古武道」という特別番組が放映されたという話は以前から伺っていて、非常に綿密な取材を基にして古武道の紹介にあたった伝説の番組と聴いています。しかし、さすがの私も当時はビデオに録画しているはずがなく、Youtubeやニコニコ動画に断片的に上がっていた映像を繋いで、飛び飛びで内容を視聴出来るに過ぎませんでした。


 ところがついに先日、Youtubeにて完全な形でこの番組を見ることが出来るとわかりました。ネット上の古武道動画をよく見ていらっしゃる方ならば、この久米明さんの渋いナレーションに聞き覚えがあるかと思います。これまでの断片的な動画ではカットされてしまったシーンや、画質が悪くて細かく見られなかったシーン(例えばタイ捨流の山北先生の居合のシーンなど)もしっかりと映っているのが特徴です。

 全部で8分割されている長い番組ですが、再放送の可能性が限りなく低い現状、ネット上で見られる古武道関連動画としては最大級の価値を持っていると思います。今日、ここまでしっかり取材された古武道の番組を見ることは、今となっては難しいかもしれません。番組ディレクター氏の言動にやや非礼な印象を感じないでもありませんが、日本の古武道の魅力を伝え得る名番組として、多くの方にお勧めしたい動画です。


 現在、古流の先生方もだいぶ御高齢になられていて、戦前~昭和中期頃までの厳格な修行を経験された方は少なくなっておられると思います。古武道の世界も世代交代が進んでおり、昔日の修行者の技を映像の形で残せるのは、おそらく今が最後の時代と考えられます。映像に記録することが全てだとは思いませんが、それでも貴重であることは確かです。



古武道 1/8

 OPタイトル~尾張貫流槍術(愛知)まで

 現在も名古屋春風館道場にて、新陰流などと共に伝えられている貫流槍術。 防具をつけての地稽古を今も行っている数少ない流派です。戦前は武徳会などで槍の試合は行われていたようですが、戦後は槍術流派自体が致命的に消失していったため、見ること自体が稀となっています。
 注目は6:28頃の加藤伊三男師範がカメラに向かって繰り出す突きの精度。槍の操作自体は比較的単純ですが、シンプルであるがゆえに「突きの精度」に稽古者の実力がはっきり表れると言われます。槍は非常に長くて重い得物ですから、正確に真直ぐ突いて素早く引くと言う動作だけであっても、かなり高度な身体操作が要求されるものです。この加藤先生の突きの異様なスピードと正確性を見ると、モニタの前でも冷たい汗が出ます。


 長いので、2/8以降は下に格納します。 ↓


.12 2011 武道 comment4 trackback0

小転

 ネットでの拾い物。つい最近になってYoutubeに投稿された動画のようです。しかしこのビデオがネットに流れるとはなあ……。

Yagyu Shinkage-ryu - Part I | 柳生新陰流剣術  

三学圓之太刀(古式)・三学圓之太刀(直立たる身)・九箇之太刀

Yagyu Shinkage-ryu - Part II | 柳生新陰流剣術

燕飛・小転・天狗抄

 新陰流の主だった勢法が収録されている映像。と言っても画質は非常に悪いので、綺麗な映像を見たい方は元のビデオを購入されることをお勧めします。先代の柳生宗家の先生と、御養子に入られる前の現宗家の先生を始め、古参の先輩方が演武されているやや古い映像ですね。

 新陰流の映像は比較的ネットで見つけやすいものですが、小転(こまろばし=小太刀の形)の動きがネット上で見られるのは多分この映像くらいではないかと思います。天狗抄はごくたまに映像で見かけることがあります。三学、九箇、燕飛についてはよく演武でおこなうので、演武会に行くなり、動画を検索するなりすれば目にしやすいと思います。


 最後に、見やすい映像もひとつ貼っておきます。

Yagyu Shinkage-ryu Heiho Kenjutsu



.29 2011 武道 comment0 trackback0
 HOME 

プロフィール

NP

Author:NP
 NovelsM@sterの紹介をメインに活動している「NP」と申します。動画サイトでは「ニコラスP(NicholasP)」名義を用いています。

多機能カテゴリー

<< 全タイトルを表示 >>

カテゴリ展開メニュー

  • 未分類(14)
  • はじめに(2)
  • NP氏の本棚ポータル(1)
  • アイドルマスター(641)
  • アイマスライブ(5)
  • 武道(45)
  • ニコラスP(19)
  • 徳川まつり(24)
  • ニコニコ動画(32)
  • 日常の徒然(15)
  • ファルコム(4)
  • 社会(9)
  • TV(16)
  • コミックス(1)
  • 東方プロジェクト(15)
  • 声優(5)
  • 本(2)
  • 音楽(9)
  • ゲーム(4)
  • ヴァンプリ(3)
  • 艦隊これくしょん(1)
  • イラスト紹介(0)
  • RWBY(2)
  • 月別動画蔵出し(5)
  • ノカデミー賞(ノベマス)(2)
  • ノベマス特集企画(5)
  • ニコマス20選(15)
  • ノベマス・過去作ふりかえり紹介(2)
  • novem@s exchange!(2)

来訪者